信貴山について

信貴山観光協会よりhotな話題をお届けします(〃・ω・〃)ノ☆
行事予定
              
毘沙門天王秘仏御開帳
  
平成25年7月1日(月)~5日(金)
  
場所:本堂
毘沙門天王御出現大祭
  
平成25年7月3日(火)
  
場所:本堂
6月寅の日:5日(水)、17日(月)、29日(土)
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2011/06/18(土)
週末の天気予報がはずれて
今日も一日しとしと雨が降っています

さて、今日は国の有形文化財に登録されている「開運橋」の紹介です。

開運橋は本年12月に80周年を迎えます。
昭和6年に架けられたこの鉄橋は、
日本最古の「カンチレバー」という
非常に珍しい工法で造られているのです。

さらに、橋を支える橋脚は「トレッスル橋脚」といい
有名な余部鉄橋と同じ構造で
こちらも全国でもめずらしく貴重とされています。

開運橋1


全長約106m、幅約4mの赤い橋の上には、
おなじみ寅の車止めなどがデザインされ
まさに朝護孫子寺へとつづくプロムナードなのです。

開運橋2


開運橋の全景を見るのなら、橋の東に架かる信貴大橋の上からがオススメ
信貴山の豊かな自然や大門池を背景に、赤い鉄橋が鮮やかに映え
絶好のビューポイントとなっています。
くれぐれも車の通行にはご注意を

80周年を記念したイベントもただいま企画中

iセンターで大好評の吉野の葛餅にも
「80周年記念パッケージ」が仲間入りしました。

葛2


抹茶きな粉つきで期間限定商品です。
煎りが深く香ばしい京きな粉と抹茶が絶妙です。

この季節にピッタリの葛商品もたくさん取り揃えてます

葛1





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2011/03/24(木)

こんにちは。
東北・関東でおこった大地震からもうすぐ2週間。
まだまだ大変な思いをされている方々がたくさんいらっしゃいます。
我々にできることはいくつかありますが、
日々の生活に感謝しつつ、普段の生活を謙虚に過ごすことが大切なのではないかと思います。
私たちも、信貴山の情報を皆さんにお届けしていきたいと思います。


さて、先日お伝えした信貴山本坊にある梅の木ですが、
その時の記事はこちら>>

少しずつ開花してきています

梅03242

現在、1~2分咲きでしょうか。
信貴山のほかの梅に比べるとゆっくりのようです。

梅03241

3月に入ってからも寒い日が多いですが、
春はもうそこまで来ているんですね。
本当に春が待ち遠しいです。


尚、梅の木は聖徳太子像の近くにある本坊の門をくぐったところにございます。
参拝の途中に気軽にお立ち寄りください。
2011/02/11(金)
今朝起きてみると一面の銀世界

開運橋からの眺めは

雪1


水墨画の世界です。


大寅も雪化粧しています。

雪3


積雪は10センチくらいでしょうか。


雪2


10:11現在、信貴山下からの奈良交通のバスは
勢野西まで折り返し運転されており、
信貴山までは運行休止となっております。

また信貴山生駒スカイラインは全面通行止めとなっており、
高安山から信貴山までのバスも運行されておりません。

お越しの場合はのみとなりますが、
冬用タイヤ、もしくはチェーン装着が望ましいかと思います。

お越しの場合はどうかお気をつけてお越しください。

雪4
2011/01/23(日)
こんにちは。

今日は今年2回目の寅の日
本堂では二の寅大法要が午前5:30に行われました。

大トラ


昨年は寅の年ということで、多くの参拝客でにぎわいました。
お客様からよくご質問を受けたのは

「なぜ信貴山には寅がたくさんあるのですか


中には

「今は寅年やから寅がたくさんあるけど、
来年はに変わるの


という質問まで受けます


信貴山の寅の由来について、意外に知られていないのです。


信貴山の寅は、毘沙門天王の福徳を千里の空を駆け巡り、お授けするお使いです。
今から約1400年前、聖徳太子がこの地において、仏敵、物部守屋征伐を祈願されたところ、
毘沙門天王が出現され戦勝の秘法を受けられました。
そして、その後、太子は見事に仏敵を討伐されました。

その毘沙門天王が出現された時が、奇しくも寅の年、寅の日、寅の刻だったのです。

以来、寅は信貴山のシンボルとして、毎月寅の日をご縁日と定め、
御法楽を務めているのです。
尚、毘沙門天王が出現された7月3日には、毎年御出現大祭を行っています。

毎月の寅の日は、普段に比べて参拝に来られる方が多いです。
今日は天気もよく寒さもやわらいでおりますので、
寅の日参りをされてはいかがでしょうか。
2011/01/20(木)
今日はちょっとまじめな話。


本堂


信貴山寺の正式名称は


信貴山朝護孫子寺


しぎさん ちょうごそんしじ


と読みますが、なかなかその通り読んでいただけることが少ないです


この名前は、国宝「信貴山縁起絵巻」の主役「命連(みょうれん)」に関係しています。
平安末期930年、命連は、醍醐天皇の病平癒のため、加持祈祷を行いました。
その霊験があらたかだったので、「朝廷を子々孫々にわたり守護せよ」という意味の寺号

「朝護孫子寺」

を賜ることとなりました。

命連は信貴山の中興の祖と呼ばれています。
命連が若いころ、信貴山に入山したときには、
信貴山には毘沙門天像を安置した円堂一つしかなかったといわれます。
命連は、荒廃した寺に庵を結び、修行を重ね、
いつしか仲間も増え、堂も6つに増えたそうです。

こうして、今の信貴山朝護孫子寺があるわけですね。
頑張って信貴山の魅力を皆さんに伝えねば・・・

頑張ります

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